FtXのはるまきが、自分がXジェンダーだと気づいたきっかけと、その後どうやって生きているかをお話します。
22歳のあるとき、ひょんなことがきっかけでした。
どんなXジェンダー?
Xジェンダーといっても、その性自認はグラデーションであり、いろいろなXジェンダーがいます。
Xジェンダーについて詳しくはこちら。(どちらも外部サイトに飛びます)
私は、性自認(心の性)が男性と女性の中間ぐらいに位置しており、自分のことを男性とも女性とも思っていません。
はるまきはこんな人!
Xジェンダー/ノンバイナリーで、自分のことを「男性」だとも「女性」だとも思っていない”中性”タイプ。
Xジェンダーだとはっきり自覚したのは22歳のとき。
好きになる性は女性。
きっかけは、当時付き合っていた男性に「彼女」扱いされたこと
Xジェンダーだと気づいたのは、当時付き合っていた男性(シスジェンダー男性)に「彼女」扱いされたことでした。
彼が車で送り迎えをしてくれたので、私が「いつも送ってくれてありがとう」と言うと、「彼女だから当然だよ!」と彼。
彼女???
え、自分って彼女なの?????
という強烈な違和感を覚えました。
それまで自分を女だと思ったこともなく、女性と付き合っていたときも自分が「彼女」だと思ったことは一度もなかったからです。
彼にとっては、付き合っている女性を「彼女」として扱うのは当然のことですよね。
でも私からすると、付き合っているので「恋人」ではあるけれど、「彼女」ではない。
このモヤモヤが始まりました。
モヤモヤを解消すべく、めっちゃ調べた
モヤモヤしつつも何となく過ごしていたのですが、耐えきれず本や論文を読み漁りました。
すると、見ていた本の中に見つけたんです。「Xジェンダー」という言葉を。
これだ!!!!!!
これまでLGBTのどれにもしっくりこなかったけど、初めてピンとくるものがありました。
そのあと、xジェンダーについてもっと詳しく知りたいと思いXジェンダーの書籍を読み、「自分は中性タイプのXジェンダーなんだ」と腑に落ちました。
私が読んだXジェンダーの書籍は、『Xジェンダーって何?』という本です。
こちらの記事でその本について詳しく紹介しています。
前兆はあった
Xジェンダーの前兆というか、それっぽさみたいなものは幼少期からありました。
たとえば、男の子のおもちゃも女の子のおもちゃも両方好きだったり、スカートが嫌いだったり、髪は短いのが好きがったり、ラブリーなものが嫌いだったり。
でもそれも今思えば、です。幼いころは当然わかりませんでした。
なぜなら、「男」と「女」以外に性別があるなんて考えもしなかったからです。
当たり前にその二つしかないと思っていたので、疑うこともありませんでした。
Xジェンダーだとわかってから、
そういえばあれもそうだったのかな
と思うようになりました。
最初は、バイだと思ってた
Xジェンダーを知る前は、”LGBT”という言葉しか知らなかったので、セクシュアリティはその4つしかないと思っていたんです。
だから、男性も好きになれると思っていたときはバイセクシュアルだと思っていました。
レズビアンも違う
途中で女性しか好きになれないと気づいたものの、レズビアンは
「自分を女性だと思っていて女性が好きな人」なので、
自分を女だと思っていないから、レズビアンではないのでは?
と思い、これもモヤモヤ。
トランスでもない
自分の中で、トランスジェンダーは「身体の性への違和感が強い人」というイメージがありました。(実際はそんなことはないのですが)
「自分のことを女だとは思っていない」
けど、
「男だとも思っていないし、男になりたいわけではない」
と思っていた私は、トランスでもないと感覚的に思っていました。
こうして”LGBT”の4つは全て当てはまらずモヤモヤしていたところ、「Xジェンダー」を知ってぴったり当てはまった私は、自分のアイデンティティに答えを出すことができました。
気づいてからのその後
「Xジェンダー」という概念を知り、自分がそれだとわかってからは、本当にすっきりしました。
モヤモヤから解放!
胸を張って「自分のセクシュアリティはXジェンダーです」と言えるようになりました。
見た目や服装も、悩むことなく自分の好きな恰好をしています。メイクは嫌いなのでしないし、服はユニセックスもしくはメンズしか着ません。
就活や就職先で悩むことはもちろんありますが、でももう苦しくないです。
あの時の自分に言ってあげたいです。
「LGBTの4つだけじゃないんだよ」と。
過去の私と同じように、”LGBT”に当てはまらず悩んでいるなら、今は簡単に調べられる時代なのでいろいろ調べてみてくださいね。
大事なのはセクシュアリティでカテゴライズすることじゃない
「Xジェンダー」に落ち着いたとここまで書いてきましたが、大事なのはカテゴライズすることではありません。
正直、セクシュアリティなんて何でもいいのです。名前なんかなくてもいい。
自身と向き合い、「自分ってこういう人間なのかな?」と自分で答えが出せればそれでいいのです。
どんなセクシュアリティであれ、その人がその人らしく生きられる社会が一番大切だと思います。
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